第165回国会 安全保障委員会 第9号


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平成十八年十一月二十四日(金曜日)
午前十一時開議



○遠藤(乙)委員 公明党の遠藤乙彦でございます。

 三先生におかれましては、急な話であったにもかかわらず御出席を賜り、また貴重な御見解を賜りまして、厚く感謝を申し上げます。

 まず、増田先生からお伺いをしたいと思います。

 先生は歴史家ということで、先ほども、経緯につきまして非常に説得力のあるお話をいただきました。省昇格について、国民の間には戦前のトラウマがある、軍部の独走によって大変な悲劇になっていったというトラウマがあるわけでして、そういった意味で、懸念は多々あるかと思います。

 そういった中で、先生先ほど、統帥権の独立が非常に問題であったということをおっしゃいました。それはそのとおりだと思いますが、私は、ただ、それに加えて、もっといろいろな要因もあるかと考えております。

 特に、戦前の場合、明治憲法下では統帥権の独立はあったわけでありまして、ところが、その明治憲法下にあっても、私は、ある時期、特に近代化初期から日清、日露、それから第一次大戦に至るまでは、日本の軍というのは非常に現実感覚を持ち、また戦略感覚を持って、日本の安全保障を本当に真剣に考え抜いてきた。また、乏しい装備でも非常に士気も高く、規律も高く、戦時国際法の遵守とか、あるいはまた捕虜の扱い等模範的なことを示しまして、非常に、さすが武士道の国と言われた時代もあった。

 ところが、第一次大戦ごろを境に、急速にそれがおかしくなっていくということですね。いわば、前半が坂の上の雲を目指した時代から、坂の下の沼に突っ込んでいく時代ということで、非常に屈折がある。要するに、統帥権の独立の問題自体は、ブレーキが壊れていたということ。これは、もともとあった条件なんですけれども、なぜ、戦前の時期において、前半と後半でこういう大きな屈折が生じたのか、これは歴史的に非常に重大な問題だと思っておりまして、この点につきましての先生の御見解を賜れればと思っております。

○増田参考人 二点指摘させていただきたいと思います。

 まず、明治前半期におきましては、元老と称せられる、つまり、法律上、法制上存在するものではない、極めて政治性の強い、しかし政治力の強い、濃厚な一群の人たち、具体的には、伊藤博文、山県有朋、井上馨、こういった、いわゆる幕末から明治維新にかけて、厳しい国際環境を骨の髄まで知り尽くして、極めて国際社会の冷徹な現状というものを認識した上で日本の国家目標に邁進した人たちが、これら元老と称せられる四名、五名の人たちであります。

 こういった元老たちは、以上申し上げたような厳しい国際環境の中で、日本の国家的近代化、そして安全保障の確保、こういう極めて難しい国家目標を達成していったのであります。それはおおむね日露戦争終了時点が、西欧的な、イギリスやフランスあるいはドイツといった、こうした西欧諸国をモデルとした近代国家の成立、そしてまた、ロシアあるいは南方の中国との間で、樺太や千島列島、あるいは琉球、小笠原、こうした国境を明確にする、その上での安全保障の確保、こういう国家目標をおおむね達成できたのであります。

 ところが、日露戦争後、二つのことが起こりました。一つは、国家目標がそこでおおむね達成されたことによって、それ以降の日本の国家目標をどう位置づけるかということについて、国論が分裂していったということであります。例えば、北進論か南進論か、あるいは軍備増強か民力休養かといったような形で国論が割れていった、国家目標が割れていったということが、一つ問題となるわけであります。

 それから、もう一つは、この日露戦争の前後の時期というのは、第一世代と第二世代のまさに交代時期でありました。すなわち、先ほど申し上げた、伊藤、山県らを中心とする元老の第一世代と、桂太郎あるいは加藤高明といったようないわゆる第二世代への移行期でありました。首相以下一連の閣僚は、これら第二世代へとバトンタッチされていくわけであります。

 しかし、これも極めて一般的な言い方をいたしますと、こうした第二世代の人たちと第一世代の違いはどこにあるか。それは、先ほど申し上げたように、幕末から明治維新という極めて日本の変革期、激動期のもとで、厳しい状況の中で生き抜いてきた、そういう第一世代と比べますと、いわばそうした遺産の上に立っている第二世代、平たい言い方をすれば、第一世代ほど認識が深くはない、国際情勢に対してもいささか自信が強まってきた、こういう第二世代にバトンタッチしたということが、やはりその後、統帥権という問題に関連して、ひとり歩きするような状況が生まれてきた、私はこのように考えている次第でございます。

 以上です。

○遠藤(乙)委員 大変に深い御見識に感銘をしております。

 この問題は、これからの日本にも当てはまる、国家目標に関する国論の分裂、それから世代の交代、これはやはり心していかねばならないわけでありまして、シビリアンコントロールの制度はしっかりしているとはいえ、今の二点は非常に重大な問題であって、この点につきまして、むしろ本当の議論をしていかなければならないと感じた次第でございます。

 続いて、富井先生にお伺いします。

 先生の御所見の場合は、防衛省昇格反対ではないけれども、今国民の世論も盛り上がっていない、筋悪ではないかという御議論でございました。

 今、この防衛省昇格の問題、二つポイントがあるかと思って、一つは、庁から省へ、実施官庁から政策官庁へと移行して、やはり政策立案能力を強化していくということが一つ大きなテーマとして議論をしておりますし、もう一つは士気の問題。

 今まで十分な認知を得ていなかった自衛隊について、認知、評価、より強い使命感や、また意識、モラールを持って任務に当たるということで、これはある意味では当然のことかと思っておりまして、むしろ、先生のここに書かれているさまざまなことは非常に重要なテーマばかりでございまして、例えば、九・一一以降、新たな脅威に対応する安全保障機構を編成していないとか、それから情報収集や分析の中央組織がない、あるいは緊急事態に対処するための中央組織や基本法がないというのは大変重大な御指摘でありまして、今までも議論は始まっております。

 ただ、これらについて明確な一つのコンセンサスをつくり上げるのは非常に時間がかかるかと思いますし、むしろ、こういった議論を進めていくために防衛庁を省としてきちっと位置づけをして、そこが核となってこういう議論をリードしていくということも大事ではないかと思っておりますし、その第一歩としてまさに省昇格があるんだというふうに私は思っております。

 多分、同じコップに半分水が入っていて、半分しか入っていないか、あるいは半分もあるというか、その表現の違いじゃないかと思いますけれども、むしろ、この際、積極的にこの防衛省昇格というものをとらえて、先生の御指摘のような議論も十分にこれからしていく体制を整えるということが大事じゃないかと思っておりますけれども、そういった点を踏まえて、改めて筋悪かどうかということをお聞きしたいと思います。

○富井参考人 筋がいいか悪いかというのは、こういう場ですから多少キャッチフレーズなことを言った方がいいかなということで、今の防衛省の議論というのがいけないということではもちろんない、それは議員さんも御理解していただいていると思います。

 今の御指摘ですけれども、防衛省ということを一種のばねにして、いろいろ緊急事態法とかそういうものをつくっていこうというような御指摘だと思います。こういうやり方もあるんでしょうけれども、むしろ、これが重要なんですけれども、確かに防衛省、国防は非常に重要なんですが、安全保障というのは軍事ということだけではない、もっと総合的な、うまく表現できないですけれども、総合的なものであるということで、それを軍事的なものですべて牽引してしまう、引っ張っていくというようなやり方は余り、ちょっと好ましくないのかなという感じがするということであります。

 したがって、これはやはり内閣主導で安全保障機構、安全保障の政策の概念図をちゃんと描く、その枠組みの中で防衛省というものを位置づけるというようなやり方の方が筋としてはいいのではないかというようなお話であります。

 もちろん、これは私の見解でありまして、今御指摘のとおり、先ほども触れましたが、防衛省はもう時間の問題と言っては失礼かもしれませんが、ということですので、結局はそういうことになると思うんですけれども、なるべく可及的速やかに全体的な安全保障機構の再編とか政策の基本理念法というのをつくっていただいて、多少でも、多少でもというか、国民を安心させるというか、多少でもいやすというようなことが必要ではないかということであります。

 以上です。

○遠藤(乙)委員 続いて、前田先生にお伺いをいたします。

 先ほど先生からは、長年軍事問題に携わってこられた御経験、特に自称原理主義者と言われておりましたけれども、まさに面目躍如たる御議論を伺った次第でございますけれども、先生の御議論の中で、この法案は、むしろ国際平和協力業務等、それを本来任務に位置づけて、自衛隊の性質を大きく変える、そこに問題があるのであってということで、防衛省昇格問題は看板のつけかえにすぎず、それはさておきという議論でございました。

 そのさておきのところの議論につきまして改めてお聞きしたいんですが、例えば仮定の話として、こういう平和協力任務の位置づけという問題を全く別として、防衛庁が防衛省になるということ自体につきまして先生は賛成か反対なのか、あるいは、もし反対ならば何ゆえに反対なのかということをお聞きしたいと思います。

○前田参考人 さておけるかどうかということがありますが、私は、単なる明文論ではなくて、実体論としてこの法案をとらえておりますので、実体を論じなければ明文というのは見えてこない。見えている明文は、中に大きな実体を隠している、だからその実体を論じようということですから、両者は不離一体で、さておけというふうに命じられても、なかなかお答えがうまくできませんが。

 さっきも申しましたとおり、消防庁は見事にやっているではありませんか。新潟のあの地震のときのあのレスキュー隊のすばらしい活動、防衛庁の隊員ができないはずはない、防衛省にならなきゃ、あんなモラールが出てこないなんということは言えない。海上保安庁も見事にやっていると思います。決して、庁が省になったからというようなことで動きが変わるものではないし、そんなことを期待すべくもないわけで、さておけといってその省と庁のことを言われるのであれば、庁でもっときっちり実体を示し、そして国民の負託にこたえることで何の不都合もないというふうに考えます。

○遠藤(乙)委員 もう一点、前田先生にお伺いをいたします。

 先生の先ほどの御説明の中では、いわゆる自衛隊の国際平和協力業務については否定的なトーンでお話をされたわけでございますけれども、そもそも論として、やはり日本は一国平和主義に閉じこもるべきである、ほかの国の、地域の安全保障問題には関与すべきじゃないとお考えなのか。そして、もう一点、PKOについて、これはやはり評価しないということなのか。この点につきましてお伺いしておきたいと思います。

○前田参考人 私は、国連平和維持活動への日本の参加が要請された一九九一年のパリ協定、カンボジアのパリ協定のとき、直後に「PKO その創造的可能性」という岩波ブックレットを出しました。その創造的可能性ということでおわかりのとおり、決して否定的ではありません。その後、PKOに関する類書はたくさん出ましたが、私の本はブックレットですから大して威張れた量じゃありませんが、少なくとも一番早かったし、それに対して日本は積極的に創造的可能性として参加すべきであるということを言いました。自衛隊を排除もしませんでした。自衛隊の能力と装備と要員を、しかし、自衛隊を出すということではなくて、また自衛隊の部隊を指名するんじゃなくて、オール・ジャパンとして、また自衛隊ではなくて出していく、彼らが持っている力、資材を国際的に貢献する。当時は公明党もそれに賛成していたんですが、いつの間にか部隊として、自衛隊としてというふうになったのはいかにも残念であります。

 私は、そういうことでもおわかりのとおり、国際平和協力業務及びPKOに対して決して否定的な見解は持っておりません。

○遠藤(乙)委員 以上で質問を終わります。ありがとうございました。


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