平成十八年十一月十五日(水曜日)
午前九時十二分開議

○遠藤(乙)委員 おはようございます。公明党の遠藤乙彦でございます。
前回の集中審議に引き続き、またきょうもいじめ、また未履修問題ということでございますけれども、私は特にいじめの問題をまた質問したいと思っております。
本当にここのところのいじめ、また自殺には大変心を痛めておるわけでございますけれども、また自殺予告の手紙が随分寄せられているようでございます。こういった連鎖反応ともいうべきような現象を大臣はどのようにとらえられ、またどのように対応されているのか、まずお聞きしたいと思います。
○伊吹国務大臣 先生が御質問になったところが、自殺予告の手紙が最初に私のところへ参りましたときに、どうしようかと思って実は大変悩んだところです。私に送ってきておられる手紙には実はいろいろな可能性がございます。本当に苦しんでおられる子供さんから来ているものと、やや愉快犯的に来ているものとあるわけですね。これの見分けは非常に難しゅうございます。
一回目は、君たちをほうっておくのではないというメッセージを行政の責任者としてやはり示さなければならない、あるいはいろいろな可能性があるかもわからないけれども示さなければならないと思って、マスコミの皆さんが大変協力をしてくれました。各社も報道してくれましたし、テレビも、突然のことでしたが、大臣のメッセージをとおっしゃって、私がテレビの前でお話ししたことを放映してくれました。そして、水曜日までに何のアクションもなければ土曜日に自殺するという手紙が本当の叫びであれば、土曜日には何事も起こらなかったということにはなったわけです。
まず、児童の心理的なこととしてよくあるのは、連鎖自殺ということがあります。もう一つは、こういうものに対して対応すると、次々次々と送ってくるんですね。送ってきたものは、先生が御指摘のとおり、随分多数に上がっております。中には、送ってきた人を特定して、そして措置をとって、これは命が結果的に助かったという表現は適当かどうかわかりませんが、その子供に対してケアができたのがやはり四件、五件と出てきております。ただ、特定できないものもございます。
これは、本当であれば、公表しなければたたかれます。愉快犯であれば、公表したら、連鎖反応が起こったじゃないかといってまた批判を受けます。責任者というのは常にそういう批判にさらされるものだと思って、さらされながらでも、一人の命が救われれば、それは私が批判を受けてでもやるべきことだと認識いたしております。
○遠藤(乙)委員 この問題は大変難しい対応を迫られていると思っております。大臣も大変悩みながら決断をされていると思っております。
私は、この問題はやはり、いろいろな可能性があることは事実です、愉快犯となるかもしらぬ。しかし、大半は、この問題の深刻さ、すその深さですね、本当に追い詰められている子供がどれほどいるかということのあらわれだろうと思っておりまして、しかもそれが、大人の世界がそういったことを受けとめてくれない、なかなかすぐに行動してくれない、そういったいら立ち、怒り、あるいは告発と言ってもいいような、そういった噴出ではないかと。したがって、これを重く受けとめてどう対応するか、大変難しいと思っております。
私は、やはりこの問題を改善していくためには、何といっても迅速な行動と誠意ある対応、子供の目から見て、あっ、すぐ行動してくれた、やはり大人はわかってくれた、そういうことがわかるような対応をすることが何よりも大事じゃないかと思っております。
そういった意味で、前回スウェーデンの例を取り上げましたけれども、今回、ノルウェーに世界的権威がいるそうで、ちょっと私の調べた範囲で申し上げますと、ノルウェーのベルゲン大学にダン・オルウェーズという教授がおられまして、この方は、もう三十年以上にわたっていじめ問題を研究してこられた世界的権威、第一人者と言われているそうでございます。私は会ったことはありませんけれども、その分野では非常によく名前が知られている方だそうでございます。この方のいじめ防止、またいじめによる自殺の防止のプログラムがありまして、これは非常に的を得たものではないかと私は思った次第でございます。
この方が一番強調していることは、一つの明確な事実といいますか傾向がある。それは、休み時間や昼休みに生徒と一緒にいる教師の数といじめの件数の間にはっきりとした負の関連がある、それから、授業の合間の時間に十分な数の大人、特にいじめの初期の段階で介入する意思と準備ができている大人が生徒たちを監督していることがいじめ防止上極めて重要である、こういったことを報告しているんですね。これは大変重要な、私はダン・オルウェーズの法則と言ってもいいと思いますけれども、これが非常に、多分実践的ないじめ対策のポイントだろうというふうに感じております。
さらに、この教授は、プログラムとして、まず大人側の問題意識と真剣な取り組み、これが大前提であるけれども、その上で、学校レベルの対策、クラスレベルの対策、個人レベルの対策と立て分けまして、具体的な処方せんを書いております。学校レベルでは、学校会議をやっていじめ問題の討議と長期活動計画を策定するとか、休み時間、昼休みにおける監督方法の改善、特に監視チームを配置する等。それからクラスレベルでは、ホームルーム、学級会等でいじめ防止について話し合い、ルールを決めるというような話。あるいはまた個人レベルで、いじめにかかわる生徒と教師が対話をする。こういった具体的な方策を掲げております。
特に、原則として大事なことは三つ主張しておりまして、いじめには教師と親が積極的に介入すること、二つ目に、容認できない行動に対して明確な基準を示すこと、それから三つ目に、規則違反に対して非敵対的、非体罰的な罰則を一貫して使用するということを述べているわけですね。特に、初期の段階で兆候を察知してすぐに介入し、やはりルール違反に対してはきちっと対応するということがその考え方でありまして、いわば予防的な積極的介入主義とでも言えるような考え方なんですね。これが非常に効果を上げているというふうに聞いております。
私は、多分、ニューヨークのジュリアーニ元市長がやった治安対策、特に破れ窓理論と言われるものですけれども、軽微な犯罪でも初期の段階で徹底的に取り締まることによって重大犯罪の発生を防止した、これによって非常に成果が上がったと言われております。これにも一脈相通ずるものがあるだろうと思っておりますし、また国連の場で、特に平和維持活動の分野で、従来の伝統的なPKOから、今ピースメーキング、ピースキーピングからピースメーキングということで、紛争が終わってから平和維持活動をするのではなくて、紛争が起こる初期の段階で積極的に介入して平和をつくる、そういう方向の模索が今始まっておりまして、こういった考え方にもつながるんだろうと。
学校現場という、これは戦場ではありませんけれども、一つの無政府的な状況もあるわけであって、大人が見て見ぬふりをする、何にも対応しなければ、どんどん無政府状態にエスカレートしていじめがはびこるということでありまして、これに対してきちっと対応するということは非常に重要なポイントではないかと思うわけでございます。
そこで、とりあえず我が国においても予算的な措置を伴わなくてもすぐできることとして、こういった積極的、予防的介入主義の立場に立ってできること、例えば学校で監視チームをつくって、教師、それからカウンセラー、あるいはまた保健婦さんとか、あるいはボランティアを募ってもいいでしょうし、あるいは若い教育実習生でもいいでしょうし、そういった人たちでチームをつくって、昼休みとか休み時間、一番いじめが起こる現場でこれを巡回するあるいは対話をする、こういったことが一番まず手っ取り早いし、子供たちから見て目に見えることだと思うわけですね。あるいはまた、学校の中でいじめ対策防止委員会というのをつくって、生徒にも参加を呼びかけて、生徒も含めてきちっと議論をしていく、こういったことがまず何よりも子供たちへの具体的なメッセージじゃないかと思っております。
ただ作文でアピールをしたりあるいはまた通達を出すだけでは効果がない。やはり現場での行動を伴うことが大事だということを思っておりますけれども、こういうことに対しまして大臣はどうお考えでしょうか。
○伊吹国務大臣 単に一片の通達を出すだけじゃ、これはもう行政はとてもできません。それはおっしゃるとおりでございます。
文部科学省でも、いじめ等について今先生がおっしゃったようなことをやってうまくいったというのは、これは一つの成功例なんですね。各学校の成功例を各教育委員会からいただきまして、全国の担当者会議のときにお互いにその例を出し合ってもらう。この前、北海道や福岡で事件があった後もやったんですが、大変活発な意見が行われました。これからも今御示唆のようなことをやっていきたいと思います。
学校現場では、それをやりますと、率直に言ってかなり仕事がふえます。校長先生の指導力あるいは教育委員会の学校への指導力、これが問われますし、私たちが一つ一つの学校にそれを強制することは、現行の法律では残念ながらできませんのですが、ぜひ先生のおっしゃっていただいている方向に各教育委員会、学校が動いていくように、我々の権限の中で努力をしたいと思います。
○遠藤(乙)委員 確かに仕事がふえるかもしれませんが、今一番目前の緊急事態、多くの子供たちが真剣に悩んでいるテーマですので、仕事はふえても、それはやはりやらなきゃいけないテーマだと思っています。
特に今問題なのは、現場の先生たちが子供たちと向き合う時間が非常に少なくなっている。授業はもちろんやりますけれども、休み時間とか昼休みとか、職員室に戻って、文科省から来た通達の処理とか報告とか、いろいろなことで事務的処理に忙殺されておって、子供たちと向き合う時間がないということが非常に大きな問題でありまして、そのためにもぜひ何とか時間をつくり、そういった最優先の仕事に取り組むような体制をつくることをぜひ心がけていただきたいと思っております。
その上で、前回も提案したようなフレンドサポーター制といったものを予算措置もつけてやれば、これは非常に効果のある措置になるかと思っておりますので、ぜひ御検討をお願いしたいと思っています。
それからもう一点は、いじめ対策の評価のシステムということでございます。
今いろいろな通達があり、またいろいろな指導があるかもしれませんけれども、実際の現場でのいじめ問題のとらえ方というのは、やはりいじめがふえると、いじめが統計上ふえたり、いじめの問題で騒がれると学校の評価にかかわるとか、自分の成績にもかかわるみたいな、そんないわば減点主義の発想が非常に強い。したがって、極力いじめを表に出さない、そういう評価システム、文化の中で動いているために、せっかくいろいろな通達をしても、いいアドバイスがあっても、なかなか実行に移されない。まじめに取り組むと逆にそれが学校の評価とか自分の成績につながるみたいな、そういう風潮があるためになかなか進まないという面があるかと思っておりまして、抜本的に評価システムの発想を変えるということが必要だと思っています。
特にそのためには、いじめというものは世界じゅうどこにもあります、いつでもどこでも発生し得る。人間社会ですから、どこでもあり得る話であって、いじめがあるということが恥ではない。ただ、それに対してどう早期発見し、どう対処したかということが大事である、そういう価値観のもとに評価システムをつくるべきではないかと思っております。
例えば、いじめ防止プログラムをきちっとつくったとか、それから常にそういったいじめ防止対策のトレーニングをしているとか、あるいは監視チームを配備したとか、また実際にいじめを発見して、このように取り組んで成果が上がった、そういったことを積極的に評価して、逆に点数をつけていく、加点主義でいじめ対策を評価する。それも教育委員会から校長から教師に至るまで、徹底していじめ対策の評価システムを明示する。
したがって、何にも報告がなければ、点数がつかなくて評価が上がらないわけですから、そういう加点主義のいじめ対策の評価システムをぜひ確立することがやはり大事だと思っておりまして、具体的なさまざまな処置とともに、そういう評価システム、この学校は非常にいじめ対策に努力をして成果が上がった、むしろそういう評価が社会的評価にもなり、いろいろな意味でイメージ向上につながるような、そういう評価システムをつくることがぜひとも必要だと思っておりまして、この点につきましても大臣のお考えを伺いたいと思います。
○伊吹国務大臣 先生の御提案は全くそのとおりだと思います。私も担当局長には、隠さず、そして事実をどのように処理したかを評価するということがやはり大切なので、これは校長あるいは教師の人事の、要するに評価のときに特に意を用いなければいけないところなので、教育委員会にはそういう話を十分していただくようにということをお願いしてございます。
○遠藤(乙)委員 ぜひ御努力をいただきたいと思っています。特に、校長というのは現場で非常に権限を持っておりますが、非常に事なかれ主義の人も結構多い。それから、教育委員会も、名前だけあって余り機能していない。これからは、存在する教育委員会から機能する教育委員会へと、これは何か、存在する自衛隊から機能する自衛隊へという標語がありますけれども、同じようなことが教育委員会とかそれから学校にも必要だと思っておりまして、ぜひとも新しい二十一世紀の教育システムをつくるためには抜本的に変えるという決意を持って、大臣にもこれからリーダーシップを発揮していただくことを期待いたしまして、私の質問を終わります。
以上です。
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