平成十六年二月二十七日(金曜日)
午前九時開議
○遠藤(乙)委員 公明党の遠藤乙彦でございます。
四人の公述人の先生方には、御出席を賜り、また貴重な御意見を賜りまして、厚く御礼を申し上げたいと思います。
私の持ち時間は十分しかありませんので、端的に質問に入らせていただきたいと思います。
まず田近先生に御質問したいんですが、特に先生の社会保障に関連した部分でございますが、今、年金、医療、介護と、大きな社会保障の項目があります。年金について、私は、高齢者がどんどんふえることは一面おめでたいことでもあって、年金の増額を抑えるということは非常に難しいし、またそれはきちっと保障すべきだと思っておりますが、医療と介護については、医療費がふえること、あるいは介護費用がふえることを前提に議論するのはちょっとおかしいんじゃないか。単に負担の分担をどうするかというのみならず、医療費の伸び、また介護費の伸びをどう抑制し、また、あるいは場合によっては削減していく、そういう予防的な視点が、今後の社会保障改革に大変重要な視点であると私は考えております。
そういった意味で、医療保険あるいはまた介護保険、いずれも、健康で自立して頑張って生きていく人に対する支援といいますかインセンティブが十分ない。そういった、自立して努力をして健康で生きることに対するインセンティブを、もっと内在的なものを設ける必要があるのではないか。逆にまた、保険の浪費、乱用に対するディスインセンティブもやはり設けていく必要がある。こういったメカニズムを、さらに日本の医療保険、介護保険に内在させて、もっと効率を高めるという視点が大事ではないかと思っております。
一つ、介護については、日本の場合、国際比較をすると、非常に寝たきりが多いということが注目をされます。特にアメリカとかスウェーデン等と比べると、大変大きな格差があるというふうに言われております。
また、医療についても、今、日本の場合に、病気の中心が感染症から生活習慣病に大きく移っておりまして、感染症とか先天的な欠陥による病気の場合にはやむを得ないですけれども、生活習慣病の場合には、予防努力によってこれは大きく削減できるわけです。特に、一次予防を強化することで非常に大きな成果が上がるものと私は考えておりますし、現実に、もう日本国内でも都道府県によって大きな格差があります。また、同じ病気でも病院によっては随分費用格差がありまして、日本の医療の中でも、例えば出来高払い制をやっているために、薬を使っただけ、検査をやっただけ費用が出るということで、薬漬け、検査漬けの医療ということも言われております。
こういった問題に対するむしろチェックシステムを保険制度に内在することが非常に大事だと思っておりまして、そういった意味で、予防的な方法あるいはまた健康で自立する人々を支援するようなメカニズムをどうこのシステムに内在させるかということだと思っております。
アメリカなんかの場合ですと、健康保険は民間でやっておりますが、一たん入りますとすぐ健康指導士が来て、さまざまな、栄養とかたばこをやめなさいとか体重をどうしろとかいろいろな指導が入るし、また、そういったリスクファクターが高い人には高い保険料を設定される等のメカニズムがあります。また、自動車の保険等では、無事故を続けた場合にはノークレームボーナスというのがあって、保険料それ自体が下がるというシステムがあります。
こういったことも参考に、もう少し医療費や介護費用の伸びを抑制し、さらには削減するというメカニズムをもう少し切り込んでいく必要があると思っておりますが、この点につきまして、田近先生の御見解を賜りたいと思います。
○田近公述人 御質問ありがとうございます。
その点については、先ほど時間がないので触れられませんでした。また、御質問の中に、もう回答のヒントのようなものもいろいろいただいたような気がしますけれども、私の考えを述べさせていただきます。
まさに非常に重要な点で、三十兆だ五兆円だ、それを当たり前のようにして議論するのはおかしい、そのとおりです。また、日本の医療制度というのは、ベッド数が多いから医療費がかかるんだ、保険の点数、その単価が高いからいけないんだと。社会主義をやっているわけですよね。ベッド掛ける単価掛けると何か費用が出てきて、保険の点数掛ける何か掛けるといろいろ出てくる。そうすると、その量をチェックするにはどこか減らせばいい。何か、人口が一億人いて、一年みんな靴何足履くと何億足の靴が要るからそれをつくろうというような形で、それと似ているわけですけれども、そうじゃないだろう。
結局、構造的な問題としては、ぜひこういう場で議論していただきたいと国民が思うのは、やはりかかっただけの費用は、まさにここはヒントをおっしゃっていただいたんですけれども、かかった費用はみんな保険で払ってあげるという出来高払いというのはもう根本的に見直すべきだ。一部、それに対して包括払い、この病気に対しては一括幾らですよという形の考え方が出ています。それは今後の日本の抜本的な医療改革になるだろう。
それから、そういうことを実現するには一体どうしたらいいんだろう。日本の保険者というのはいっぱいあります。国民健康保険、政管とありますけれども、非常に興味深いのは、国民健康保険は三千の市町村がやっていて、政管健保は全国一本です。全くおもしろいことが起きているわけですけれども、そういうことでいいんだろうか。つまり、保険者の最適な規模というのもあるでしょう。
それから、やや踏み出させて言わせてもらうと、日本の医療保険はいろいろなすばらしいことがあるけれども、一つ欠けているものがあるとすれば、我々は保険者を選べないわけですよね。私は今国立大学にいる、それは自動的に共済に入る。議員の皆様は、ちょっとそれはよくあれですけれども、自動的になっちゃう。そういうことも含めて、保険者機能を強化する。
それに関連して予防ですけれども、介護保険で付加的に申し上げると、まさにそこがこれから正念場になると思うのは、介護保険の費用が膨らんだ。どこで膨らんだかというと、要支援あるいは要介護度一の低いところで広がっていったわけです。そうすると、社会主義の議論をしていくと、では、そこが広がったんだから、そこを縮めればいいじゃないか、そういう要支援、要介護度一のところのサービスの単価を下げて額を下げればいいじゃないかと。
それはまさに逆行していて、そこの人たちをどうして悪くならないようにしたらいいのか。介護保険でサービス面でまさに問われているのは、要支援、要介護度一の人たちがそれ以上悪くならないような仕組みをつくること。それはサービスの内容の抜本的な見直しということで、まさにそういう中身の話が重要で、御質問の中にもありましたように、その重要な核となるアイデアは芽生えていると思います。それをいかに実現するかということだと思います。
以上です。
○遠藤(乙)委員 宮本先生に一点だけ。
先生の御意見の中で、基礎年金の国庫負担の二分の一引き上げは慎重に検討すべきだというお話の中で、特に、税方式と保険方式、明確にすべきだというお話があったんですが、今の国民年金の場合には混合方式というふうに思うんですけれども、先生の御意見として、税方式と保険方式、どちらがいいのか、あるいは、なぜ明確にしなければいけないのかという理論的根拠、私、何かやはり混合的なことも大いにあり得ると思っておるんですが、この点につきまして、先生の御意見をお願いいたします。
○宮本公述人 御質問にお答えさせていただきます。
新規の歳出項目といいますか、新しい項目についてはやはり慎重にお考えいただきたいということで、例として、基礎年金の国庫負担の割合の二分の一引き上げというものをもう少し検討していただければよかったのではないか、そういう発言をさせていただきました。
基本的に、先ほど田近公述人も申されましたように、保険というのは、我々が保険料を払って、それに対して、その保険料の中から対価をいただくというものであります。もしこれが税金で賄われる形になれば、ある意味では生活保護に近い形になっていきます。そうすると、基礎年金は生活保護なのかというふうな議論が実は必要ではないか。もしこういう形で基礎年金部分が税金で賄われるというふうになってまいりますと、四十年間保険料をきちんと払った人と払わない人の差はほとんどなくなってくる可能性があるというふうに考えます。
例えば、保険に関しましては半額免除という制度がございますけれども、片一方の人は四十年間半額が免除された、一方の人は保険を四十年間全部払いましたと。それで、今受け取っておりますのが大体月六万六千円ぐらいでございます。全額払った人は六万六千円いただけますけれども、保険料の半額免除の人はどうなるかといいますと、計算いたしますと四万九千円いただく。そうしますと、全額四十年間払った人と半額払わなかった人、非常に少ない差しか出てこない。それはやはり、保険制度として考えた場合には少し異論があるのではないか。もしそうであれば、これはもう生活保護ですよというふうな形できちんと議論し直す必要があるのではないかという意味で申し上げたわけでございます。
以上でございます。
○遠藤(乙)委員 以上で質問を終わります。ありがとうございました。
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