第147回国会 運輸委員会 第7号 

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平成十二年四月四日(火曜日)
午前九時三十一分開議

○遠藤(乙)委員 公明・改革の遠藤乙彦でございます。
 参考人の諸先生方におかれましては、本日は大変お忙しい中、御出席を賜りまして、また貴重な御意見を賜りましたこと、まずは厚く御礼を申し上げたいと思っております。

 先ほど馬居先生の御報告の中にありましたように、先般、一月、二月に行いました東京大田区での実際のバリアフリー度調査を、私自身が実は総合実行委員長として実施をしたわけでございます。呼びかけましたところ、何と二百人を超えるボランティアの方に御参加をいただきまして、大変実際的な、また非常に詳細な調査ができたかと思っておりまして、馬居先生には、実はその監修をお願いしたわけでございます。

 私自身も今回、車いすに乗り、また車いすを押してみて、随分違った経験を得させていただきました。一言で言いまして、車いすの視点から物を見ると、世界が違って見える。今まで、自分自身が健常者であり、特に気がつかなかったことに対して、いかに日本の社会、また都市、町づくりが障害者の方あるいは高齢者の方にとって冷たい、不親切な構造になっているかということを改めて実感をした次第でございまして、本当に世界が違って見える、これは大変だということを私なりに実感した次第でございます。

 また、さらに突き詰めて言いますと、恐らく日本における町づくり、都市づくりというものが、特に第二次大戦後、いわゆる経済発展中心、あるいは工業化というものがまずあって、そのもとにほとんど無秩序に行われてきたということがあるのではないかということに思いをいたしました。まず工業化があり、その中でまた車優位の町づくりがあり、そして、人間、生活者というのは一番最後に置かれている。まさに、本来一番目的にすべき人間あるいは生活者というものが一番最後に置かれ、手段化されてきたというのが今までの日本の社会ではなかったかということに改めて思いをいたした次第でございます。

 そうなりますと、むしろこれから二十一世紀の日本の社会を本当の意味で人間的な社会にするためには、大変な価値観の転換、また政策の転換が必要であるということでありまして、これはやはり大改革になるなということを改めて感じた次第でございます。

 そういった意味で、今回のバリアフリー化の法案は大変重要な契機になるものと私は考えております。もちろん、このバリアフリー化だけでなくて、教育等々さまざまな、あらゆるシステムや制度にわたっての改革が必要と思いますが、その一番嚆矢になるのがこのバリアフリー化法案であり、大変重要な意味を持つと私は考えている次第でございます。

 そんな感想を持った中から、まずは馬居先生に御質問をさせていただきますけれども、今回、予想以上に日本の町が障害にあふれているということを私も、先生も実感されたことだと思います。特に道路、これが非常に貧困であって、今まで展開されてきた道路政策、道路整備というものが、一面ではいろいろな省庁がそれぞれの目的に従って、または住民の要望に従って設置をしたのであろうけれども、そういった部分的、断片的ないろいろな工作物の積み重ね、電柱だとかガードレールであるとか、あるいは標識だとか、あるいは植え込み等々、そういったものが結果的には大変なバリアを構成しているという印象を持ったわけでございます。

 そういった意味では、これからの町づくりあるいは道路整備には、大変大きな設計思想の転換、価値観の転換というものが要るわけでありまして、これは非常に大問題であると実感をした次第でありますが、そこら辺につきまして、馬居先生からさらにもう少し詳しく、御所見がありましたらまずお伺いしたいと思います。

○馬居参考人 確かに今回調査をしてみて、私はバリアフリーの、先ほど申し上げましたように、ハードの面については正直言いまして素人でございます。高齢社会についての課題は何なのかについてはそれなりに勉強してまいりましたし、子供たちにどう伝えるべきかということについては仕事としてやってきたわけです。ハードの面についてはそれほど深く追求したわけではなかったのですけれども、今回、いわば現場のところから入ってみて、ああ行政というのはこういうものなのかということを正直思いました。

 すなわち、今お話がありましたけれども、道路上、とりわけ歩道上にさまざまな施策が施される。すなわち、環境に優しくするためにブロックが置かれる、あるいは人々の心を和ませるために花や木を植える。あるいはそれ以前に、多分単に人が歩いていたところに電気を引くために電柱を立てたのでしょう。これも皆さん方の要求であったと思います。その中で、車がふえてきた、車を通さなきゃならないと。これも、国の政策もあったと同時に、車を要求する多くの住民の人たちの要求があったのだと思います。

 それら一つ一つにこたえてきたことが、結果的には障害をどんどん道の中に積み重ねてきたという意味において、先ほど申し上げましたように、現在の、車を通すということを前提にしてバリアフリー化をさあどうしようかと考える限りにおいては、中心部にある広い道を前提にしたバリアフリー化なら別ですけれども、まさに高齢者がこれからふえてくる、日常生活に密着した空間の中においてバリアフリー化を進める上では、その余地そのものがないという条件が出てくると思います。

 したがって、道路をだれが使うのかということについて、簡単に人が使うというだけでは済まないので、この道は車、この道は人、この道はという形で、いろいろな形で使い方を多様に振り分けていくことを考えない限り、道を広く拡幅できるのならともかく、それはそのまま人を動かすことになりますし、なかなか簡単なことじゃないと思います。

 とするならば、今あるものをどうやって有効に使うかということになりますと、まずは車を通すという考え方を何とかしないとどうにもならない状況が来ると思います。ただし、その場合に、その何とかしなきゃならないというのは、行政の発想の転換が必要であると同時に、例えば、今まで両方通行が可能であって、その便利さを享受していたその地域の人たちにとってみれば、一方通行になる場合、非常に不便になるわけです。しかし、それは、これからの自分たちの高齢化を考えたときに当然しておかなければならない問題であるというところから、協力してくれるようになるためには、学習が必要になってくると思います。

 だとするならば、今回の法案にしても、国民の責務という形で書かれていますが、これは四つの省庁が一緒になってというが、どうして厚生省とか文部省と一緒にならないのかというのが正直なところであります。ここに書かれてある国民の責務をどれだけの国民の人たちが知ることができるのかというのが、正直思うところでありますので、その部分についてもぜひ考えていただきたいと思います。

○遠藤(乙)委員 もう一点、馬居先生は、心のバリアフリー化ということを強調されております。また、法案にも、国民の理解、協力は不可欠ということで、そういった趣旨が盛られておるわけでございまして、実は、今回の調査に当たっても、やはり住民の方々、特に健常者の方々のそういったマナーとか心の問題が大変重要だなということを改めて実感した次第でございます。

 ハードの面は、これは時間の問題であって、最大の努力をしていくべきだと思いますけれども、それにも増して、やはり住民の方々の心のバリアフリー化ということが最も大事じゃないか、最も急務ではないかということを私自身痛感した次第でございます。たとえいろいろな物理的な障害があったとしても、周囲の方々がそういった心遣いを持ってさえおれば、いろいろな状況はかなり緩和できるはずであって、そういった意味では、ソフト面のバリアフリー化をもっともっと重視すべきではないかと私は思っております。

 そういった意味で、既に先ほどもお話がありましたけれども、教育社会学の専攻の視点から、特に心のバリアフリー化をどうやってこれから強化していくのか、早急に充実をしていくのか。その辺につきまして、馬居先生の御所見をお伺いしたいと思います。

○馬居参考人 多分、心のバリアフリーということを人に話せば、みんな理解してくれると思います。では、自分の家の前が一方通行になったらどうしますか、あるいは、ここに車が入れなくなったらどうしますかというと、考え込むと思います。

 あるいは、今、蒲田の駅がそうですけれども、今回の調査で何度も歩いたのですけれども、かなりバリアフリー化が進んでいる部分があります。しかし、その上に堂々と自転車が乗っております。今回の法案でも、いわゆるバリアフリー化を中心部において進めたとして、そこに放置自転車があったら、もうそれでそのまま車いすは通れなくなると思います。これは移動可能なんですが、次々と置かれていけば、大変な課題になってきます。

 したがって、私は、教育社会学という意味でもないのですけれども、どれだけ、そのバリアフリーを自分の日常生活に、生き方の中に具体化していかなければ自分自身が不利になるのだということについての学習を進められていくか、あるいは、現在の社会において生きる人間の条件として何が必要なのかということについての、どれだけ説得力ある学習が進められるかということが課題だと思います。

 その一助として、今回調べまして一番思ったのは、先ほども言いましたように、現在のような車を通すということを前提にした道の延長線上には未来はないだろうということを、どれだけ住民の人たちが理解できるかということであります。

 といいますのは、今は車を通すために歩道を制限しています。それで、そこを今度は車いすが、しかし狭いために、あるいはでこぼこがあるために通れません。したがって、車道に出なければならないが、なかなか遠慮をして出てこられないという部分があると思います。駅のエスカレーターも同じような事情があると思います。しかし、量的にふえてくれば、あるいは権利意識が高まれば、当然出てきて、そして車道を行かざるを得なくなると思います。

 そうしますと、車道を車いすがたくさん通行するようになりますと、今度はその車いすと同じ速さで車は動かなければならなくなるという事情が出てくると思います。車いす以前の問題として、もう既に販売されておりますが、高齢者の方々が、時速四キロとか五キロのゆっくりした、自動の三輪で移動するということが始まっております。これは、多分歩道側を通らなければならないのでしょうけれども、歩道を通っている人はだれもいないと思います。みんな車道へ出てくるのだと思います。そうすると、だんだんその量がふえてくれば、今度は逆に、車中心に道路をつくったがために、車道に車いす、そしてそういうゆっくりした、高齢者を運ぶ三輪車が出てこざるを得ない。そのことが逆に車の通行を妨げていくという、本来の目的と今度は逆転していくというパラドックスが起こると思います。

 したがって、高齢社会の問題というのは、今障害者の方たちがいわば苦労されている部分がだれにも当てはまる問題になってくる、この部分をどれだけ説得力ある形で現在の人たちに伝えられるかということが、多分一番大きな課題になってくると思います。そのための取っかかりとしては、先ほど申し上げましたように、今学校では、総合的な学習の中でそのようなための準備が始まっておりますが、残念ながら、そこで学ぶ資料もノウハウもまだまだ蓄積されておりません。ぜひ、こういう形で進められている人たちが、現に小学校、中学校、高等学校に行かれて講演する機会なり、資料をつくる、先生方を助けるような機会があればありがたいですし、同時に、法案を作成する側においても、いかにそれを伝えるかというところへもバリアフリーの道をつくる、あるいは空間を改善していくと同じように、知らせる努力についてもお願いしたいと思います。

 以上でございます。

○遠藤(乙)委員 大変貴重な御意見、ありがとうございました。
 私は、個人的にも、自分の体験から、やはりこれからはバリアフリー体験を一度はやってみるということが一番大事じゃないかと思います。私自身も、車いすに乗ってみて初めてわかったことが多かったわけでありまして、二階大臣なんかも率先してそういったバリアフリー体験をされておりますので、担当の省庁の局長さんや課長さん方、あるいはまた住民の方々、学校の生徒も含めて、例えば総合学習の中でそういったバリアフリー体験をやってみるということは、最も出発点としていいことではないかと思います。私個人の思いとして、ちょっと述べておきたいと思います。

 それから、今度は三星先生にお伺いをしたいのですけれども、先生の配付された資料の中に、実際の交通困難者の数字が出ております。羽曳野市の例をとりまして、交通困難者が全体で二五%存在するという数字が出ておりまして、これは非常に大きな数字だなと、私も驚きを持って受けとめた次第でございます。

 この内訳の中で特に一番大きい部分が、高齢者とか障害者の部分は当然だと思いますけれども、非高齢者かつ健常者、そういった条件の交通困難者が一六・七%もおられるということは非常に大きな数字だと思っております。これは、具体的にはどういう方々を指すのか、あるいはまたどういう状況を指すのか、もう少し詳しく御説明をいただければと思います。

○三星参考人 行政の定義で言う高齢者、六十五歳以下の方々、特に先ほど申しました中年、非常に我が国の中年の体力が弱っておるというのは医学の方々も御指摘されておりまして、ちょうど私の年代ですけれども、やはり四十代、五十代が非常に、バリアフリーという点で同じように受益がある。それから、下の図の五に示しますように、結局、六十五歳で突然切れるのではなくて連続的にあるわけでして、これが数にするとかなり出てきます。それからあとばかにならないのが一時的なけが人、病人、それから妊産婦さん、こういった方々。私も大学におりますと、学生がスキーで障害者になる例は必ず毎年出てまいります。

 そんなものを全部集めてきますとこれだけの数になるわけで、この主力はやはり、私が申したように中年ですね。あるいは糖尿病であるとか、先生方にも随分多いんじゃないかと思うのです。糖尿の場合は逆に今度歩かなければいかぬのですけれども、心臓の悪い方など、そういう方が全部集まるとこういう数になります。
 そういうことでございます。

○遠藤(乙)委員 実は、この数字は政策立案の大変重要な基礎的情報になりますので、さらにまた詳細に御調査を賜り、全国的な調査もいただいて、さらに論文発表でもしていただくと、大変有益な基礎資料になりますので、ぜひ今後よろしくお願いをしたいと思っております。

 それから、清水参考人にお伺いをいたします。
 清水参考人の御意見の中で、障害者にもいろいろある、交通障害といってもいろいろなタイプがあって、それをきめ細かく見て対応すべきだ、大変これは傾聴すべき御意見だと思っております。私も実際、車いす体験だけやったものですから、その部分でしか物を言えないのですけれども、それ以外にもいろいろな障害があり得ると思います。例えば、どんな障害にもっと気を配ってくれという、もし御意見がありますればこの場でお述べいただければと思います。

○清水参考人 車いすとか目の不自由な方は非常に目立つのですが、高次機能の脳障害とかいろいろな方が、今やっとわかってまいりました。そういう意味ではそういう障害の方に、外から見てわからないものですから助けの手が入らない、こういう状態があります。また、同じ障害でも、部位によっても全然行動が変わります。

 そういうようなことをすべて合わせますと、今三星先生の言われたような数字も出ますし、一番重要なのは、やはり多くの方が、どういった障害があるかということを皆さんが実態として手につかむことではないかと思います。

○遠藤(乙)委員 今の清水先生の御意見も実は大変重要な情報でございまして、どういったタイプの障害の方にはどういう障害があるのかと、きめ細かく障害のパターンを、数量的にも分類をしていただくことがこれからの政策立案の大変重要なポイントになりますので、ぜひ、そういった面でも今後御協力をお願いしたいと思っております。

 まだいろいろ聞きたいことがあるのですが、持ち時間が過ぎましたので、以上をもって私の質問を終わります。
 ありがとうございました。


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