平成十一年三月十二日(金曜日)
午前八時五十分開議
○遠藤(乙)委員 公明党・改革クラブの遠藤乙彦でございます。
いよいよガイドライン関連法案の本格審議が始まったわけでございますけれども、私ども、大変これは重大な法案であるというふうに受けとめております。特に、二十一世紀のアジア太平洋の安全保障をどうするか、日本の平和と安全をどうするかということで、非常に重要な選択を迫られている課題であると思っております。
ある外国の政治家の言葉に、内政上の失敗であれば政権が交代すれば済む、内閣がかわれば済む、しかしながら、外交・安全保障の政策の失敗は国家の滅亡につながり得るということを言った人がおりまして、私も大変同感でございまして、今回のガイドライン関連法案審議も、そういった重みを持って、また重大な責任を痛感しながら議論をしてまいりたいと思うところでございます。
従来の我が国の安全保障論議、ある意味では非常に不幸な歴史ではなかったかと思っております。といいますのは、常に国論が分裂をして国民的合意の成立はなかったわけでありますし、また、場合によってはイデオロギー的に非常に偏向した議論あるいは現実を直視しない議論が行われまして、よく言われる不毛の神学論争といったものが繰り返されてきたといった経緯があるかと思っております。
これからはそういうことがないように、特に九〇年代に入って、冷戦構造の崩壊あるいは湾岸危機あるいはPKO問題等、非常に現実的な安全保障の問題の選択に迫られた、またそういった経験をした我が国としましては、現実を直視した、建設的な、そして幅広い国民の理解を得て、国民的合意を目指した安全保障論議をぜひすべきだと思っております。
また、この関連におきまして、私ども、特に公明党の場合、湾岸危機の際あるいはPKOの問題の際、一定の役割を果たしたと自負をいたしております。特に湾岸危機の際には、多国籍軍への九十億ドル支援問題というのがあったわけでございますけれども、我々も大変苦しい思いをしながら、特に防衛費の大幅削減を含む歳出の大幅削減あるいは予算の組み替え等の条件で国民に理解をいただき、この九十億ドル支援について賛成をしたということであります。それによって国際的な非難を免れることができた。
また、PKOにつきましては、特に、私たちはいわゆるPKO五原則というものを提案しまして、憲法ときちっと整合性のとれた法案に修正をすることにより、我が国の平和維持分野における国際貢献の道を開いた、そういった意味で、大変私たちは自負を持っておるわけでございます。特にPKOの問題で、我が国が全面的にバックアップをしましたUNTACによりまして、カンボジアの悲劇の国土に平和が戻りつつあるということは大変うれしいことではないかと思っております。
そんなことで、このガイドライン関連法案審議にいたしましても、私ども、現実を直視して、また建設的な、そして国民的合意を求めて慎重な議論をしていきたい、そういった決意でこの議論を進めていきたいと思っておりますので、よろしくお願いしたいと思っております。
それで、私もこのガイドラインの委員会に入れていただきまして、最近急激にさまざまな陳情、特に手紙、ファクスあるいははがき等で私のところに寄せられております。偏った議論もありますけれども、おおむね大変現状を憂い、また非常に不安感を持っている市民団体あるいは国民の方々が多いわけであります。
その非常に大きな理由は、従来、ガイドライン、昨年の四月、国会に提出をされて一年近くたっておるわけでございますし、その前の時間も含めますと、大変長時間にわたり既に議論がされてきた、また、さまざまな論点も議論をされてきたわけでございますけれども、極めてわかりにくい、また非常に不安を持たざるを得ないような側面があるというのが国民の大方の御意見でございまして、この点はぜひ政府におかれても率直に、真摯に受けとめていくべきではないかと私は考えるわけでございます。
なぜこのガイドライン法案審議がわかりにくいのか、いろいろ皆さんと意見を交換しながら考えますと、三つの理由があるだろうと私は思っております。
まず第一に、本来、ガイドラインの法案審議で問われている基本問題、問いかけは、冷戦後のアジア太平洋地域においてどうやって平和の構造をつくっていくのか、あるいはまた日本の安全保障をどうするのかという非常に基本的な、大きな問題であります。
ところが、そういった問題に対して、全体観に立った、そもそもアジア太平洋の情勢認識、あるいはまた日本の平和戦略といった全体像を示すことなく、いきなり個別の問題、部分的な問題、非常に専門的な問題、場合によってはマニアックな問題と言ってもいいのですけれども、そういった問題ばかり議論をしている。こういったことによって、国民から見れば、何のための審議なのか全くわからない、また、部分的に見れば、あくまで部分的に見れば、いかにも戦争参加法みたいに見えるということで、非常に一般市民の方々に不安をかき立てているという面があるわけでございます。
そういった意味で、ぜひとも、もう少し全体像をしっかりと把握した、パースペクティブをしっかり持った議論の中でガイドラインの位置づけというものをしていくということが大変重要であるというふうに考えております。
特に、ガイドラインの関連整備の問題は、要するに、日米安保体制の抑止力の面をさらに信頼性の高いものにしていく、そういった問題意識のもとで議論をしているわけでございます。これは一つの半面であって、もう一つの面で、どうやって平和をつくるか、対話をするかといった面を含めていく必要があるわけでございまして、こういった部分的な議論にとどまることなく、ぜひとも、全体観に立った議論をやはり総理みずから政治家としてリードしていくべきだろうというふうに考えております。
それから、もう一つの不安を与える材料は、やはり日本の、ガイドラインを議論していく政府の姿勢というものが、いかにもアメリカに追随をしていく、要するに、もちろん日米同盟というものがあって、信頼関係に立って協力すべきところは当然だと思いますけれども、いかにも従来の日米関係のパターン、アメリカが何でも要求をし、それに対して日本が嫌々、あるいは一歩一歩譲歩していく、アメリカに引きずられていってしまって、日本はほとんど主体性がない、そういった姿勢が国民に感じられるために、果たしていざというときに、本当に日本が主体性を持って国民の安全またアジア太平洋の安全を守っていけるのか、そういった不安感もあるわけであります。
ぜひとも、そういった意味では、日米同盟は大変重要な関係であり、同盟関係は当然果たすべき義務はありますけれども、姿勢において、日本の主体性というものがはっきりとあるということが国民にきちっと得心のいくように、それが確信されるということが大変重要であります。
また、三つ目の問題として、政府の広報努力の不足といいますか、これだけ一年以上にわたって議論をされている割には、ほとんど国民の間に、何をそもそもガイドラインが目指しているのか、何をするのかといったことがほとんど理解をされておりません。
これはやはりアカウンタビリティーが大幅に欠如しているわけであって、民主主義国家における議論のあり方、特に安全保障問題という極めて重要な国家の命運のかかった問題の議論のあり方としては、極めてこれは問題があるというわけでございまして、国内的にも国際的にも、どうやってアカウンタビリティーを向上させていくかということにぜひとも取り組むべきであろうかと思っています。
今、三点にわたって申し上げましたけれども、総理には、単に官僚レベルの議論を超えて、ぜひとも政治家としてリーダーシップを発揮し、こういうバランスのとれた建設的な議論をリードすべき責務があると思っておりまして、この点につきまして、総理の御見解、決意をまずお伺いをしたいと思います。
○小渕内閣総理大臣 今国会におきましても、遠藤委員、予算委員会等でのこの問題のお取り上げございまして、大変その御主張あるいは問題の指摘等につきましては私も注意深く拝聴させていただいて、また御答弁もさせていただいたつもりでございますが、今御指摘のように、まず全体像をしっかり国民の皆さんにも理解させるべきだという点、あるいはまた、姿勢につきましても、米国に追随しておるのではないかという国民的な不信というものがあるとすれば、これはできる限り払拭していかなきゃならぬ点、あるいはまた、そのことを国民に説明責任ということについてのお話がございました。まさにそういう意味合いにおきまして、今特別委員会が設置をされて、集中的にこの問題を取り上げていこうということだろうと思っております。
法律案を提出いたしましてから一年でございまして、その間、この内閣といたしましては、まず金融政策その他経済問題に集中的に対処してきたということで、確かに時間的には経過をいたしておりますが、まさに絶好の機会であろうというふうに認識をしております。
特に、先ほど申し上げましたが、安保条約の戦後の歴史をたどりますと、今委員が御指摘されましたように、不毛の議論と言ってはなんでございますけれども、この間もNHKがガイドライン三十年の歴史という長いドキュメントをいたしておりまして、拝見しておりましたが、まさに今昔の感のいたすような議論がその時点、時点で行われてきたわけでございます。
そういった意味で、改めて今般、日米共同宣言に基づきまして新しい指針を明らかにするというこの時期に当たりまして、日米の安全保障の基本的なこの条約をもとといたしまして、今後とも、日米を中心にいたしまして、日本の安全と平和を守ると同時に、極東の平和につきましてもどのように対処すべきか、さらに、ひいては世界の平和にどう貢献していくべきかという問題について積極的な議論を展開いたすことができれば幸いと思いますし、政府といたしましても、御質疑等につきまして真摯に対応いたしまして、国民の皆さんにもぜひこの点については理解を求め、安保条約の存在そのものも、こうして平和な、安全な日本の国が営々として努力を続けることのできたベースがそこにあったということにつきましても、この機会に改めてレビューをすべきいい時期ではないか、このように考えております。
○遠藤(乙)委員 ぜひ、総理の今後の努力を期待したいと思っております。ぜひとも、国内的、国際的にこのガイドライン関連論議のアカウンタビリティーを高めるということに最大の力をひとつ注いでいただきたいと思っております。
続いて、総論的なことに余り時間を割きたくはないのですけれども、大事なことでございますので、やはり今何が問われているのか、それから、どういう原則でこの問題を共通の土俵で議論していくかということを、ちょっと一言私も意見を述べたいと思っております。
何よりも今、このガイドライン関連法制の論議で問われているのは、冷戦後、ポスト冷戦のアジア太平洋、平和の構造をどうつくっていくかという問題だと思います。また、その中で当然、日本の平和と安全をどう確保していくかということであるかと思います。
アジア太平洋といっても、非常に多様性とまたさまざまな差異に富んでおりまして、価値観も違い、体制も違い、発展段階も違い、ダイナミックに発展する地域ではあるけれどもさまざまな異質性、多様性を抱えておって、例えばヨーロッパなどとはちょっと状況が違っているということではないかと思っております。
そういった中にあって、私は、本当に建設的な議論を、安全保障論議をしていくための共通の原則あるいはキーワードというのは、簡単に言いますと、抑止と対話のバランスということではないかと思っております。
今の国際社会、いまだに主権国家が併存する社会でありますし、また、文化も価値観も体制も違う、文明の衝突といった問題もある。いろいろな異質の要素がぶつかり合っているわけでございまして、そういった中で、現実的に平和の構造をつくり上げていく一番基本的な大原則は、やはり抑止と対話のバランスということではないかと思います。これはやはり長い歴史的な教訓から、特に国際政治の現実から出てきた教訓であろうし、今後ともこれは変わることはないであろうと私は思っておりまして、ぜひこういったことをきちっと認識をしていく必要がある。言いかえれば、一面的な議論、例えば対話なき抑止、抑止なき対話、いずれも結果的にはこれは平和の構造構築に失敗をしているということがあるわけでございます。
例えば、歴史的な例を引きますと、ナポレオン戦争後、一八一五年、最後のナポレオンの戦争があったわけで、それ以後ウィーン会議が招集をされて、それ以降百年にわたる欧州の平和の構造ができたという事実があります。この際、抑止と対話のメカニズムを大変巧妙に調和させ、またここには正統性とか勢力均衡といった概念が確立をされて、百年にわたる平和の構造ができた、その中でヨーロッパ諸国が、経済の発展、文化の成熟等、大きなヨーロッパ文明の開化の前提になったわけであります。
他方、対話なき抑止あるいは抑止なき対話、いずれも失敗しているということを改めて教訓とすべきだと思うのですね。
例えば、対話なき抑止、この失敗例の典型的な例は第一次大戦だと思います。第一次大戦前夜にあっても、多様な同盟あるいは協商関係は張りめぐらされていたわけでございますけれども、オーストリア・ハンガリーの皇太子夫妻がセルビアの青年にサラエボで暗殺されるといった偶発事件をきっかけとして、宣戦布告、総動員令と、自動機械のようにこれが進みまして、あっという間に大戦、四年に及ぶだれも予想しなかった大規模な戦争になったということでありまして、まさにこれは、抑止の体制はあったけれども対話のメカニズムが欠けていたことによって、やはり抑止ということが余分な緊張を高め、ちょっとした偶発事件でこういった大戦争になったという古典的な例ではないかと思います。
他方、抑止なき対話の失敗例は、一番いい例は、いわゆる宥和政策、第二次大戦直前にイギリスのチェンバレン首相等が推進した、ヒトラー・ナチスに対して、ナチスの領土要求、特にチェコスロバキアのズデーテン地方等の領土要求に対して宥和的に対応した、話せばわかると言って。また、宥和的に対話をやれば、ドイツ国内の穏健派が力を得て、やがては平和志向に変わるであろう、そういった期待があったわけですけれども、無残にも打ち砕かれまして、かえって大規模な戦争、第一次大戦を上回る大戦争になったわけであって、初期段階できちっとそういった侵略的意図を決然とくじくという行動、また抑止の姿勢がなかったことによって失敗した例でございます。
そういったことを総合しますと、やはり抑止と対話のバランス、そのためには、すぐれた政治的英知によってそれを運用しなければならないわけでございますけれども、そういったことが何よりも大事であろうということであろうと思います。
したがいまして、このアジア太平洋地域、日本の平和も含めたアジア太平洋地域、二十一世紀において少なくとも百年にわたる平和を構築していくためには、そういった重要な原則についてやはり国民が理解をしていただき、また政治家は本当に英知を傾けて努力をするということがぜひとも必要ではないかと思うわけであります。
それで、それは総論的な話としまして、さらにもう少し具体的な問題というものに入ってまいりますと、アジア太平洋、二十一世紀に向けての潜在的な問題あるいは具体的な課題、これをやはりきちっと認識をしておく必要があると思います。余り抽象的な議論だけでいったのでは、これは現実直視の議論にはならない。
そこで、私は、何がアジア太平洋の平和の構造構築に向けての大きな問題かといいますと、これは二つあると思っておりまして、一つは北朝鮮問題だと思います。もう一つは米中関係ですね、米中関係の将来という問題です。当面の大きなテーマは、言うまでもなく北朝鮮の問題。それから中長期的に、もっと根本的には米中関係の将来がどうなるかということが、このアジア太平洋の平和の構造を決定的に決める最大の要因であろうというふうに考えております。もちろん、その他の問題は多々ありますけれども、この二つが最も基本的な問題であるということは、恐らくどなたも共通の認識であるかと思っております。
北朝鮮につきましては、これは特にポスト冷戦、冷戦後の安全保障問題の典型的な問題であろうと、ある意味では思います。
といいますのは、冷戦後の問題で一番危惧されたのが、いわゆる大規模な核戦争というものはなくなるであろうけれども、むしろ地域固有の要因、地域の紛争に対して、核の拡散、ミサイル技術の拡散、あるいは化学兵器、生物兵器の拡散、非常に安いコストでどの国家もそういった軍事的な手段を手に入れることができるようになった、それが大変厄介な問題をもたらすであろうということは、識者が共通の認識を持っていたわけでありまして、まさに北朝鮮の問題はその典型的なケースであろう。したがって、我が日本としても、冷戦後の典型的なこの一つの問題に対して、どう四つに組んで対応していくかという姿勢が大変大事じゃないかと思っております。
北朝鮮がどういう国家であるかということは、私も、十分な情報がありませんので、必ずしも断定はできません。ただ、いろいろなシナリオ、可能性に対して、やはり責任ある国家として、対応策を考えていくことは当然であろうかと思っております。
例えば、イラクのフセイン大統領も、国連が機能しないであろう、あるいはアメリカが出てこないであろう、多国籍軍は動員されないであろうといった誤った判断のもとに、ああいう無謀なクウェート侵略を企てたわけでありますし、やはり抑止にすきがあれば、そういった行動はいつでも起こり得るということではないかと思います。
そういった中で、ぜひともこの今の北朝鮮の場合、核の拡散の問題があり、またミサイル技術が、確かにこれは急速に進展をしていることは事実であって、従来の日本人の安全保障観といえば、周辺が海に囲まれているために、非常に楽観的な安全保障観、水と安全保障はただといったような認識があったかと思いますけれども、この核拡散、またミサイル技術の拡散によりまして、突然非常に緊迫した事態があり得るというわけでございまして、安全保障観を大きく変えざるを得ないだろうという面があるかもしれません。
そういった中で、先ほど申し上げましたような、かといって過剰反応することなく、事態の本質をよく分析し、冷静に考えて、抑止と対話のメカニズムでどうやってこういった事態を抑制をしていくのかという、地道なまた努力をやるしかないかと思っております。
そういったわけで、今、北朝鮮問題をめぐって米朝協議が一応成立をし、非常に大きな前進があったように思われますけれども、また、総理もあしたですか、韓国に行かれて一番ホットな問題を議論されるわけでございますけれども、北朝鮮問題につきましては、既に先ほどの委員からもいろいろお話があって、重複を避けたいと思います。
さらにお聞きしたいのですが、北朝鮮との関係については、私は非常に不満に思っているのは、対話のチャネルがない、これだけ長いこと近隣国であり、また長い関係があるにもかかわらず、いまだに国交正常化がなされておらず、実質的な意味でもパイプがないということが大変私は残念に思っております。北朝鮮との間にどういう問題があろうが、対話のチャネルだけは、コミュニケーションチャネルだけはきちっと持っておくというのが安全保障を議論する最も重要な手段でありまして、その努力なしには、結局は、受け身受け身で、事態をただ手をこまねいて見るしかないという状況になってしまうのではないかと思っております。
アメリカが北朝鮮と直接対話をして、大変突っ込んだ議論をしている。また、韓国も太陽政策のもと、いろいろな問題がありながらも極めて努力をして対話をしている。こういったことから見ますと、我が国のこういった北朝鮮との関係についての状況は、非常に私は不満足に思っておりまして、問題はいろいろあるかもしれないけれども、やはりぜひとも、対話のチャネルをしっかり持って、忌憚のない意見交換、あるいはコミュニケーションができるような体制をまず築くべきであると考えております。
その意味で、まず今、北朝鮮との間にコミュニケーションのチャネル、正式なものでなくても、どんなものが実際あり、どのように機能しているのか、また、それがもし不満足なものであれば、今後どのような努力をしてそういうチャネルを確立していこうとされているのか、この点につきまして、まず総理の見解を伺います。
○小渕内閣総理大臣 ただいま遠藤委員の基本的なお考えにつきまして拝聴いたしておりましたが、いずれも掬すべき重要な問題を私は包含しておるという認識でございますし、ほぼそのお考えについては、私自身も基本的に賛意を表したいというふうに思っております。
まず、抑止と対話のバランスというお話がございました。まさにここだろうと思いまして、単にお話し合いだけ積み重ねておっても、現実の国際政治の解決というのはなかなか困難である。所を変えれば、今ボスニアあるいはまた旧ユーゴ地区におけるコソボの問題等もその処理に専念をしているわけでございますが、話し合いを積み重ねる努力は続けなければなりませんが、一方で、抑止力として何がその効果があるかというところで、今大変な大きな悩みがあるのではないかと思っております。
そういう意味で、抑止とそして対話のバランス、これはやはりともどもに効果的に発揮をしていかなければならないのではないか。タイミングがずれますと、せっかくこうしたことが起こりましても、抑止力ばかり行使をしまして事がさらに重大な時局になるという点もありますし、また対話を続けてまいりましても、結果的には、さっきチェンバレンとヒトラーの例をお話しされましたけれども、最終的には大変な大きな事態になって、第二次世界大戦の悲劇を生んできたというような点もございまして、まさに抑止とバランスをいかに適宜適切に対応していくということが大切で、抑止力というものをどう考えるかということが一つ。
それから、一方では、対話は不断なく続けていかなければなりませんが、ぜひ、そういった意味で、その重要性を認識しながら、我が国としても、この対話ということにつきましては積極的にあらゆる国々といたしていかなければなりませんが、冷戦構造が崩壊いたしまして以降、それ以前につきましては、いわゆる日本と旧ソ連との関係、あるいは平和条約を結ばれる以前の中国の問題等々、いろいろございましたけれども、最近では防衛の関係の協力も全くスムーズに行われて、防衛庁長官と国防大臣の定期的な交流が行われるような事態になっておりますので、そういった点では非常に進捗しているのではないか。
ただ、御指摘のように、北朝鮮にだけは大変残念ながらパイプというものが存在をなかなかいたしておりませんで、ここが大変な大きな対話のネックになっておるだろうと思っておりますが、御指摘をいただきましたように、関連する諸国もございますし、特に、南北に分かれております韓国につきましては、太陽政策等をとられるということでございますので、明日韓国に参りまして、金大中大統領とも本当に真摯に腹を割ってお話を申し上げて、いかに北との、北朝鮮が国際社会の中でお互いに、ともどもに信頼感を得られていくというような体制をつくるためには何をなすべきかということにつきましても、お話を真剣にいたしていきたいというふうに考えております。
それから、現下の重要な問題として、この地域で、北朝鮮の問題は今触れましたが、もう一つ、米中の問題についてお触れになられました。ともに大きな国でございまして、やはり米国と中国、この関係も円滑に進んでいくということは我が国にとりましても極めて重要なことでございまして、そういった点では、アメリカのクリントン大統領も中国を訪問され、もちろん江沢民国家主席も米国に行きまして、最近では、首相も近々中国からアメリカに行かれる、こう聞いておりますので、そういった対話が行われることによりまして、本質的に中国と米国との間の状況というものがより一層進展をしていくということは、我が国にとりましても極めて重要なことだ。重要な地域といいますか、関係につきましての御指摘は全くそのとおりとお聞きをいたしましたので、日本としても十分注意を払いながら対応させていただきたい、このように考えております。
○遠藤(乙)委員 私が申し上げたのは、抑止と対話のバランスということが大事である、その点から現状の日本を見ると、抑止の話ばかりしていて、対話の努力がやはり欠けている、それが非常に国民に対して不安を与えているんじゃないかということを改めて指摘したいと思っておりまして、今回の総理訪韓以後、また活発な朝鮮半島外交が展開されると思いますけれども、大胆な対話のチャネルをつくり上げることに最大の力を注いでいただきたい。それが本当の意味で安定した朝鮮半島、そして日本の平和を確保する重大な一つのステップであるということを強く申し上げたいと思っております。
それから、もう一つ、今、米中関係のことをお答えをいただきましたが、これは、実はある意味ではもう最重要の問題である、もっともっと本来であれば多くの時間を割かなければならない問題であろうかと思っております。
特に、このアジア太平洋という地域において、アメリカという国は唯一のグローバルパワーであって、強大な軍事力を持ち、唯一のグローバルパワーとして秩序維持の責任を担っており、またその使命感を持っているということ。他方、中国も、今急速に発展する経済を背景に軍事力も充実しつつあり、いわゆる地域大国として今発展をしつつあるわけであって、しかも価値観や背景、歴史、文明の衝突と言ってもいいかもしれませんが、そういった要素もあるわけでありまして、直ちにこの両国が、今後友好関係が続くかどうかというのは予断できないものがあるわけでございます。
このグローバルパワーとしてのアメリカとそれから地域大国としての中国が接しているわけですから、必ず摩擦とかさまざまな問題が起こってくるわけでありまして、人権問題に対するアプローチの違い、あるいは経済的な摩擦等を考えますと、必ずしも将来が予断できないわけであります。もしこの両国が対立関係あるいは破局的な事態になれば、日本にもこれは大変な被害が及ぶわけでありますし、アジア太平洋の平和の構造そのものが成立をしないということになりますので、日本としても、どうやってこの米中関係の安定した良好な関係を築き上げていくのかということは、最大の関心事項でなければならないと思っております。
また、日本は、米国との間では同盟関係にある、また中国との間では友好関係であって、しかも長い歴史と文化を共有している面があって、そういった面では、米中の良好な安定した関係の構築に日本は大変大きな役割を果たし得るという点があるかと思っておりまして、この点につきまして、改めて総理の御見解とお考えを伺いたいと思います。
○小渕内閣総理大臣 これまたお説のとおりと申し上げることに尽きると思いますが、私といたしましても、別に首脳会談をやればすべていいというわけじゃありませんけれども、今の点に触れまして、できれば五月、アメリカに参りまして、クリントン大統領ともこうした問題について率直に意見を交わしたいと思いますと同時に、実は中国からも御招待を今いただいております。江沢民国家主席も昨年日本に参られまして、初めて国家主席として訪日されましたが、やはり日本としても、できる限り交流を深めるという意味で、機会を見て、お許しをいただいて、夏ころには中国を訪問できたらなという感じはいたしております。
そういう意味で、別に仲立ちというわけじゃございません、米中は米中なりに真剣にお話し合いを進めておると思いますけれども、日本としても、さっきお話しのように、中国とは歴史的に文化を密にしながら大変深い関係もございますし、そういう意味で、アメリカとは同盟関係ということでございまして、日本の置かれた立場、日本の果たすべき役割ということを十分認識しながら、あわせて、この両国の中にあって、日本としての責任を果たしていきたいと決意を新たにいたしておるところでございます。
○遠藤(乙)委員 以上、私の総論でございますが、ぜひそういった大局的視点に立った議論を韓国あるいは中国との間に、あるいは米国との間に、ぜひ突っ込んだ議論をお願いしたいと思っております。
具体的な法案関係の話に入っていきたいと思っておりますけれども、この周辺事態安全確保法案、いろいろ問題点がありますけれども、最大の問題点の一つは、この周辺事態という概念の不明確さではないかと思っております。
周辺事態の際に自衛隊が出動して米軍の後方地域において後方支援をするというのが法案の主要な内容でございますけれども、やはりこの自衛隊の日本の領域を超えて出動するという問題は大変センシティブな話でありまして、単に憲法上、それが武力行使しないから大丈夫だ、そういった議論のみにとどまらず、やはり周辺国のいろいろなセンシティビリーといいますか、そういった懸念とか過去の日本のさまざまな歴史もあるわけでございまして、ぜひともそこら辺の政治的な十分な感受性を持ってこの問題は議論しなければならないと思っております。したがいまして、この周辺事態の問題につきましては、ぜひとも掘り下げた慎重な議論が必要であると思っております。
そこで、国会答弁の中でも、かねがねこの周辺事態につきましては御答弁がありました。私は、いまだによくわからないというのが率直なところでございまして、そもそも周辺事態がガイドラインの本文におきましては地理的概念ではない、事態の性質に着目した概念であるという定義がなされております。ところが、途中で地理的要素が全くないと言っているわけではないということも含まれることになりまして、やはり聞いている国民の側から見れば、一体どういうことなのだろうかと、率直にそういった疑問が出るわけでございます。
そこで、改めてお聞きしますけれども、本来この周辺事態法は安保条約の枠内あるいは安保条約の目的の枠内ということを言われております。その反面、安保条約の目的に書かれている極東の平和、安全ということと周辺事態というのは必ずしも一致しないというような御答弁もあるわけでございまして、ここら辺がちょっとなかなかわかりにくい問題ではないかと思っております。安保条約の枠内ということであれば、素直な見方をすれば、周辺事態もやはり極東の枠内におさまるべきものというのが素直な理解だと思うんですけれども、そうではないということで今まで答弁されておりますけれども、改めて、この点につきまして総理の見解を伺います。
○高村国務大臣 安保条約の目的というのは我が国及び極東の平和と安全ということなんですが、この法案はあくまでそのうちの我が国の平和と安全に着目したものでありまして、ですから、極東の平和と安全に着目したものであればまた違った定義も出てくるんでしょうが、我が国の平和と安全に資するためという目的がある、そこに絞ったものでありますから、この周辺事態の、何度も繰り返しております定義になっているわけであります。
改めて申し上げますと、周辺事態とは、我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態であり、ある事態が周辺事態に該当するか否かはあくまでもその事態の規模、態様等を総合的に勘案して判断をいたします。したがって、その生起する地域をあらかじめ地理的に特定することはできない。このあらかじめ地理的に特定することはできないというような意味で、周辺事態は地理的概念ではない、こういうことを申し上げているわけであります。
他方、周辺事態が我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態である以上、現実の問題として、このような事態が生起する地域はおのずと限界があるでしょうと。先ほど中東に米軍が行った場合はできるかということ、そういうことは考えていません、ありませんということを申し上げたわけでありますが、以上の点はこれまでも繰り返し説明し、明らかにしているとおりでございます。
○遠藤(乙)委員 今、周辺事態という言葉について、地理的概念ではないけれども、現実的にはおのずとその範囲があるであろうという趣旨の御答弁だと思います。
それでは聞きますが、この周辺事態、定義は、我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態となっております。この定義に関して、理論的にこれは全地球をカバーするものじゃないですか。要するに、我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態ということが周辺事態の定義なのであれば、これは理論的に、グローバルな、どの地域でもそれはあり得るということを意味するのではないでしょうか。
○高村国務大臣 将来起こるであろう現実に対応するために法律をつくっているわけで、全く観念的に、地球の反対側まで行っちゃうんじゃないかとか、そうじゃないとかいうことは、必ずしもそういうことを議論する意味があるとは私には考えられないわけで、場合によっては、それでは観念的にはあらゆるところが入るのかとかいうようなことがまた外交上の特に問題で――外交上の問題というのは、日本のマスコミを通し、それがさらに引用されてよその国のマスコミに行って、そしてまたそこに行ってわあっとこうなって、いろいろ問題が起こるということは、単に観念的考えというだけではなくて、現実的に何度も起こった話でありますので、私たちは、現実的にそんなに遠くまで、実際に起こるとは想定できない、こういうことを何度も繰り返して申し上げているところでございます。
○遠藤(乙)委員 今の答弁は大変不十分なものだと思っております。
私たちは、非常に重大な自衛隊の領域を超えての出動にかかわる法案を議論しているわけであって、そういった意味では、大変厳密な、法的な議論をしていかないと、これはやはり周辺国にも無用な疑念を与えたりするということはあるわけでありまして、私の問題意識は、後方支援ではあれ、自衛隊の領域を超えての出動ということについては、やはり明確な地理的範囲というものを決めることが、かえって余分な疑念とか疑心暗鬼を与えないための重要なことではないかと思っております。
それで今、理論的ということで申し上げたんですけれども、これは例を考えてみれば簡単だと思うんですね。例えば、地球の裏側にある国が日本に対してミサイル攻撃を、威嚇して何か脅迫をするような状況があったとする。そうすると、これはやはり周辺事態でしょう。日本の平和と安全に重要な影響を与える事態なんですから、もしそういう国があるとすれば、それは周辺事態ですか。
○高村国務大臣 現実の話をいたしますと、地球の反対側にそのような性能のいいミサイルを持っている国は幸いなことにないわけでありまして、私たちは、あくまで我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態、そして、それはその都度判断せざるを得ないわけであります。
平和と安全に重要な影響を与える事態で地理的にだけ一定の線を引くということがどれだけの意味があるかというと、どんなに大きくてもこの地理を少しでも超えたら絶対にないとか、あるいはその逆のこととして、実際その地理的範囲内だとそれでは案外簡単に認められてしまうとか、そういうことはかえってまずいので、地理的条件だけを明確にして、そのほか本当に重要な、平和と安全に重要な影響を与えるという、実際のその都度の判断の方がはるかに大きいことで、地理的に線を引けば安心するとか安心しないとか、そういう話では必ずしもないんだろう、私はそう思っています。
○遠藤(乙)委員 私は、単純に地理的な範囲を決めろということだけで言ったのじゃありません。やはり自衛隊の領域を超えての出動にかかわる話であるから、極めて政治的に、国際政治上センシティブな話であるので、やはりきちっとした何らかの制約というものがあってしかるべきではないかということを言っておるわけです。
それで、実際的じゃなくて、理論的にそういったグローバルに出動する事態があり得ることが排除されていない。米軍が活動して、それの後方支援のために自衛隊が全地球どこでも出る可能性が理論的にあるとすれば、いずれもし条件が変わってくればそういったことも現実に起こってくる可能性があるわけであって、やはり理論的な可能性の問題についてもきちっと疑問のない議論をしておくべきではないかと思うわけでありまして、そういった意味では、この周辺事態というネーミングに非常に問題があると私は思うわけなんですね。
本来、この周辺事態というのは、常識的には地理的な用語であって、ある地域のまず一定の距離の中で、一定の時間で行ける周辺の地域というのが本来のイメージだと思います。例えば東京の周辺の地域といえば神奈川とか山梨、埼玉、千葉、せいぜい関東地方じゃないかと思うのですね。まさか北海道や九州が周辺地域とは言わないと思うのですね。そういった意味では、周辺という言葉の選択が私は非常に問題があるんではないか、国民にも、あるいは国際的にも疑念を与える一番大きな一つの要素ではないかと思うわけですね。
したがって、周辺事態というネーミングをもう少し定義に即した適切なネーミングに変えるか、あるいは周辺事態のガイドライン本文における定義を誤解のないような形できちっと書き直すべきじゃないかと思っておるんですね。
例えば、ガイドライン本文におきましては、周辺事態は地理的概念でないと全否定しているわけですね。要するに、条件つき否定ではなくて、地理的概念でないと全否定してあるわけです。それなのに、答弁では、地理的要素がないわけではないということで修正をしているわけであって、これはやはりどう考えてもおかしい。
したがいまして、これは政府の立場に立って申しているわけですけれども、国民に対し、あるいは国際的に誤解を与えないものにするためには、周辺地域のネーミング、私は本会議では、例えば重要事態であるとか緊急事態とか、一つの提案をしましたが、そういったネーミング自体をより適切なものに変えるか、あるいはガイドライン本文における定義を誤解のないようなものにもう一度修正をし直すという作業が必要なんではないかと思いますが、いかがでしょうか。
○高村国務大臣 私は、そんなに周辺諸国に周辺事態という言葉を使ったから疑念がふえていると思いませんし、この言葉を仮に緊急事態とか、あるいは何事態ですか……(遠藤(乙)委員「重要事態」と呼ぶ)重要事態と変えたから疑念がなくなるということは、それは全くあり得ない話なんだろう、こう思います。少なくとも、政府とすればこの言葉が適当だと思って提案しているわけでございますので、御理解を賜れば大変ありがたい、政府としてはそれしか申し上げられないわけでございます。
○遠藤(乙)委員 御理解を賜りたいということなんですが、理解できないというのが率直な答えでございまして、もう少し誤解を与えない適切な修文あるいはネーミングの変更、どちらかを検討すべき必要があるんではないか、余地があるんではないかということを指摘して、とりあえずこの議論はここでとめておきたいと思っております。
それからもう一つ、周辺事態、これは極めて漠然とした定義です。日本の平和と安全に重要な影響を与える事態であってと、これは解釈する人の主観的な考えでいかようにでも解釈でき、拡大解釈が可能であって、そういった意味では、より明確な具体的な考え方、周辺事態というと具体的にどういうものなのかという、もう少し具体化した基準あるいは例示も、若干今まで述べられておりますけれども、そういったことも含めて、これは政府として、そういった周辺事態ということを明確化した統一見解をぜひ出すべきじゃないかと思うのですね。そうしないと、余りにも漠然とした概念であって、これではちょっと国民に対しても説得しがたいんじゃないかという気がいたしますけれども、この点につきましては、いかがでしょうか。
○高村国務大臣 防衛庁長官が答える方が適切かもしれませんが、指名がありましたので、私から答えさせていただきます。
周辺事態の定義は、先ほど申し上げたように、やはり現実には、その都度、具体的な事例で判断せざるを得ないんだろうと思いますが、ある程度類型化して申し上げますと、典型的な例としては、例えば我が国周辺の地域において武力紛争が発生している場合であって、その上で我が国の平和と安全に重要な影響を与える場合。あるいは、このような武力紛争の発生が差し迫っている場合であって、我が国の平和と安全に重要な影響を与えるような場合。あるいはそれ以外でも、ある国における政治体制の混乱等により、その国において大量の避難民が発生し、我が国に大量に流入する可能性が高まっている場合であって、それが我が国の平和と安全に重要な影響を与える場合。ある国の行動が国連安保理によって平和に対する脅威、平和の破壊または侵略行為と決定され、国連安保理決議に基づく経済制裁の対象となるような場合であって、それが我が国の平和と安全に重要な影響を与える場合。いずれも最後に、我が国の平和と安全に重要な影響を与える場合という言葉で締めくくっているわけでありますが、それについては、やはり個々具体的の場合に、その都度判断せざるを得ないんだろう、こういうふうに思っております。
〔委員長退席、大野(功)委員長代理着席〕
○遠藤(乙)委員 その都度判断せざるを得ない事態は当然あるかと思いますが、ただ、やはり国民にわかりやすく、国民的合意を、国民的な理解を得ようと思えば、そもそもどういう事態が周辺事態なのかということをもう少し、今の具体例、御説明がありましたけれども、それも含めて、さらに突き詰めて統一見解を出すべきだと私は思っておりますが、この統一見解を出すことについて、どうお考えですか。
○高村国務大臣 まさに、今申し上げたことが政府内部で話し合って、典型的な例としてはこういうことが示せますねということを政府全体で話し合った結果が今申し上げたことでございます。
○遠藤(乙)委員 今までの国会審議の中では、例えば内乱とかクーデター等のことも言及されております。そういったことも含めて、もう一度きちっと整理をして、どういった状況が周辺事態なのか、やはりもっと詰めた形、整理した形で国民に示すということが親切なやり方ではないかと思いますので、ぜひともそういった意味で、改めて統一見解を出すことにつきまして強く要望をしておきたいと思います。
委員長に提案をしておきますので。
○大野(功)委員長代理 後刻、理事会で取り扱いたいと思います。
○遠藤(乙)委員 続いて、機雷除去の問題につきましてお伺いしたいと思います。
先ほど上原委員からも御質問があったわけでございますが、ガイドライン本文には機雷の除去ということは明確に書かれてありますけれども、法案の方にはこれは含められておりません。
そこで、まずお聞きしたいんですが、周辺事態の際に、自衛隊が機雷除去を実施することになるのか、実施する場合、機雷除去活動について定めた自衛隊法九十九条を根拠とするのか、改めて確認したいと思います。
○野呂田国務大臣 いろいろ態様によって違うと思うんですが、我が国に対する武力攻撃の一環として機雷が敷設されていると認められる場合は、我が国領海はもとより、公海においても、自衛隊法七十六条による防衛出動により機雷の除去は可能だと考えております。
また他方、この機雷が武力攻撃の一環として敷設されているものではないと認められる場合には、当該機雷は海上における危険な妨害物になっていると考えられることから、我が国領海はもとより、公海であっても、我が国船舶の航行の安全確保のために必要な場合には、一種の警察活動として、先ほど委員御指摘のとおり、自衛隊法九十九条により機雷の除去は可能である、こういうふうに考えております。
○遠藤(乙)委員 機雷の問題ですが、今までの政府の説明ですと、船舶の航行上の安全確保という問題と、遺棄された機雷であるということが機雷除去の要件だったかと思いますけれども、今までの御説明を伺うと、遺棄された機雷以外にも機雷除去の余地はあるのかということにつきまして、さらに質問をしたいと思います。
〔大野(功)委員長代理退席、委員長着席〕
○柳澤政府委員 お答え申し上げます。
従来から、武力攻撃の一環として敷設された機雷、特に他国に対する武力攻撃の一環として敷設されている機雷を除去することは、これは機雷を敷設した国に対する武力行使になるということでございますから、それは憲法上できないということで考えております。
一方、それ以外のケースでございますと、今先生お触れになりました遺棄されたものは当然その中に含まれてくると思いますが、要は、武力攻撃の一環として敷設されているものではないと認められるケースにおきまして、かつそれが我が国の船舶の航行の安全確保のために障害物となっているというケースは、先ほど大臣もお答えになりました自衛隊法九十九条で除去することが可能だと考えております。
○遠藤(乙)委員 今のお答えで、武力攻撃になることはできないけれども、遺棄された機雷以外でも九十九条で処理するケースはあるというお答えであると理解をいたします。
そこで、今度、周辺事態法との関連になりますけれども、自衛隊法九十九条による機雷処理というのは、これはある意味では平時の処理だと思うんですね。先ほどの中谷委員の御発言を引用すれば、赤信号と青信号と黄色があって、有事が赤、平時が青とすれば黄色は周辺事態だという非常にわかりやすい例えがありましたけれども、九十九条による機雷の処理というのはいわば平時の処理を定めたものであって、他方、有事の場合には防衛出動、自衛隊法七十六条によってやる。したがって、青信号と赤信号のときは処理できる法体制があるけれども、周辺事態というのは平時でもないわけですし、かつ有事でもないわけであって、やはりこの空白部分についてはきちっとした法的な基礎をつくるべきではないか。
そういった意味で、周辺事態法の中に明記すべきではないかと私は考えるわけなんですが、この点につきましてどのようにお考えですか。
○野呂田国務大臣 周辺事態安全確保法におきましてはいわゆる三つの活動がありますが、これは、自衛隊法等の現行法令によっては周辺事態に対応してこれらの活動を行うことができないために、新たな規定を設けたものであります。
一方、ガイドラインにおいて運用面における日米協力の項に規定されている機雷の除去については、ただいまお話がありましたとおり九十九条によって規定されているわけでありまして、その趣旨、目的は、全くガイドラインに規定されているものと同じであります。
でありますから、同条により周辺事態の対応が十分可能であると考えられたから、私どもはガイドライン法に新たな規定は設けなかったところでありますが、しかし、この法案においては、自衛隊の新たな活動として規定された後方支援等に加え、御指摘の機雷の除去など既に自衛隊法で規定されている活動であっても、大変大事な問題でありますから、周辺事態に際して内閣の判断と責任のもとで行うべきことについては基本計画の重要事項の中に織り込んで、周辺事態の対応に遺漏なきを期したい、こういうふうに考えているところであります。
○遠藤(乙)委員 いろいろ突っ込みたいんですけれども、時間の関係もありますので、基本計画の中にきちっと機雷除去も盛り込むということを今考えておられるということでございますので、ぜひともそうすべきであると考えておりますし、さらに法案そのものに盛り込むべきかどうかにつきまして、改めて議論する機会を持ちたいと思っております。
続いて、船舶検査活動なんですけれども、法案では、国連決議の存在ということを条件として船舶検査活動をすると書いてありますが、自自協議の中では、自由党さんはなしでやるべきだという議論をされたというふうに伺っております。
この際、国連決議がある場合とない場合と実効上どういう差異が生ずるのか、まずその点につきましてお聞きしたいと思います。
○高村国務大臣 国連安保理決議に基づきまして経済制裁の実効性を確保するために行われる船舶検査活動については、国連加盟国は自国を旗国とする船舶に対する検査を受忍しなければならないわけであります。したがって、この場合は、旗国の同意を別途得ることなく検査を行うことができ、国連加盟国全体を対象とした船舶検査活動が行い得るわけであります。
周辺事態安全確保法における船舶検査活動につきましては、周辺事態において、経済制裁の実効性を確保するための船舶検査が必要となることも想定されたわけであります。その際には、国連が国際の平和と安定のために重要な役割を果たしているとの観点からも、また、さきに述べた旗国主義との関係からも、国連安保理の決議という根拠があることが有益であると考えられたため、国連安保理決議の要請があることを前提とするものであります。
この検査は、船長の同意を得たある意味では任意の検査なんですが、それでもあくまで旗国主義でありますから、日本がどこの国でもやたらにやっていいというわけではないわけでありまして、何らかの国際法上の根拠が必要だ。その国際法上の根拠としては、それは旗国が同意している、あるいは同意していると同様に見られる場合か、この法案で決めているような国連決議がある場合、それが国際法上も許される、こういうことでありますから、先ほど申し上げたような理由で、国連決議を要件として入れさせていただいたということであります。
○遠藤(乙)委員 私の持ち時間が終わりましたので、今の政府の御見解は私たちも基本的に同感でございます。この船舶検査、ある意味では非常に危険な活動でございますので、これを日本がやるに当たっては、国連決議という普遍的な一つの権威、裏づけを持ってやることが必要だろう、そういった私たちは見解に立っておりますので、この点は、自由党の主張は主張として、ぜひとも国連決議は残すべきであるというふうに主張いたしまして、私の質問を終わります。
ありがとうございました。
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